iPS細胞の可能性について、熱い期待が寄せられていますが、ここでは、ips細胞を世界で初めて開発した京都大学、山中伸弥教授の人柄と、研究プロセスについて記していきます。

整形外科医として「患者を治したい」

整形外科医

山中教授は神戸大学医学部を卒業した後に、整形外科医として現場医療に従事しました。学生時代からラグビー、柔道を経験し、整形外科に何度もお世話になっていたので、自分もそのように治療をしたいと思ったそうです。しかし、医師になってみると、治せない病気がたくさんあることを痛感します。最初に担当した患者は慢性関節リウマチでしたが、あっという間に悪化して寝たきりになってしまいました。麻痺、脊髄損傷、そうした患者さんに何人も出会いました。

アメリカ留学とES細胞

その後、患者さんを救う治療法を求めて、基礎研究者へと転身します。1993年、遺伝子の役割の研究、ノックアウトマウスを扱う技術の習得のためにアメリカへ留学します。
ノックアウトマウス

たまたま、山中教授が留学中に調べていた遺伝子は、ES細胞にとって非常に重要な遺伝子でした。そのような出会いから、ES細胞に興味を持ち、帰国後、あちこちの研究機関にポストを求めて応募したものの、採用には至りませんでした。「これが最後」と思って奈良先端大に応募したところ、熱意と真面目な人柄が認められ、採用が決まりました。

クローン羊ドリー

クローン羊ドリー

1999年の終わりに奈良先端科学技術大学院大学にうつり、「細胞核の初期化」をテーマに研究を始めました。これは、1997年に発表されたクローン羊「ドリー」がきっかけだったそうです。この発表に驚くと同時に、大人の哺乳類の細胞が、完全に初期化できることに確信が生まれました。この時から、「大人の哺乳類の細胞の初期化をどのように実現するか」が課題になりました。

ES細胞を用いずに初期化する方法を模索

「ES細胞は素晴らしい細胞で、ES細胞でしか救えない患者さんがいるなら、ES細胞を使うべきだし、そのために受精卵も使うべきだ。しかし、いくら捨てられる運命にあるからといって、、受精卵がモノと同じように扱われることには反発を覚える。だからできれば受精卵は利用したくないし大事にしたい。」そのような思いから、ES細胞を用いないで初期化できる遺伝子を探しました。
当時ES細胞の研究に力を入れている研究所が非常に多かったのですが、熟考した末に、当時の風潮とは全く逆の発想で研究テーマを決めました。
iPS細胞は、受精卵の状態にまで初期化するものではありません。研究をその方向へ舵をきることもできましたが、あえてそうしなかったのは、あくまで山中教授の中では、「医療への応用」が目的なので、受精卵まで初期化する必要はなく、ES細胞と同じ性質の細胞があればよかったのです。、そのような思いから、iPS細胞開発の方針が決まっていきました。

幸運の後押し

遺伝子

ヒトの遺伝子が10万個あるといわれている中で、どのようにして目的の遺伝子を探したのでしょうか。候補を絞る必要がありましたが、ちょうどその時、マウスの遺伝子データベースが理化学研究所のチームから公開されました。さらに解析プログラムもアメリカのNCBIのWEBサイトで公開されました。このような幸運が研究を後押しして、10万個あるといわれていた遺伝子から、100個の遺伝子に候補を絞り込むことができたのです。
さらに、山中教授は、奈良先端大でノックアウトマウスのシステムを作る仕事をしていました。次々に遺伝子を調べることができる環境にいたのです。チームの助けもあって、3~4年で候補の遺伝子を100個から24個にまで絞り込みました。

常識外れの実験

記念すべき実験を行ったのは、奈良先端大学から京都大学に移った翌年の2005年です。全部で24種類の遺伝子を、マウスの皮膚細胞に一度にすべて注入しました。実験を行ったのは研究員の高橋和利さんです。遺伝子を細胞に入れる場合、普通は遺伝子を一つずつ、多くても数種類ずつ入れます。24個もの遺伝子を一度に入れるという実験は、常識外れの方法でした。
実験

しかし、結果は驚くべきもので、その日、シャーレの中には、ES細胞とよく似た形の細胞の塊ができていました。山中教授は驚きつつも、「とにかく実験を繰り返そう」と言いました。何度繰り返しても、結果は同じでした。ES細胞と同じ万能細胞ができたことは、疑いようのない事実でした。
そして24個から本当に必要な遺伝子を絞り込む作業をします。その絞り方は、24種類の遺伝子からスタートして、導入する遺伝子を一つずつ減らし、目的の細胞ができなかったら、それが必須の遺伝子であるはずだ、というものでした。これも高橋氏のアイデアで、山中氏は高橋氏のことを「君は本当に頭がいい」と褒めたそうです。
こうして4つの遺伝子が特定されました。Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycこの4つは、「ヤマナカファクター」と呼ばれることになります。
ちなみにiPS細胞のiが小文字なのは、当時世界的に大流行していた米アップルの携帯音楽プレーヤーである『iPod』のように普及してほしいという山中教授の願いが込められているからです。

信念

iPS細胞の開発は、このような経緯で現在に至っていますが、ノーベル賞を受賞した後のインタビューでも、決しておごることなく、偶然が重なってできたこと、チームや先人の研究成果があってこその結果であることを強調しています。山中教授は、整形外科医としての経験から、「患者を治したい」という強い信念を持っています。そして、「iPS細胞はまだ一人の患者の役にも立っていない」と語っています。「患者を治す」という観点から見れば、これからが本当の勝負の始まりと言えます。

続いて、iPS細胞が変える創薬です。

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参考文献

  • 金子隆一、新海裕美子:「この一冊でiPS細胞が全部わかる」青春出版社(2012年)
  • Newton 別冊:「夢の再生医療を実現するiPS細胞」ニュートンプレス(2012年)
  • 中西貴之:「なにがスゴイか?万能細胞」技術評論社(2012年)
  • 日経サイエンス編集部:「iPS細胞とは何か、何ができるのか」日経サイエンス社(2012年)
  • 升井伸治:「iPS細胞が再生医療の扉を開く」C&R研究所(2009年)