2006年、ある研究結果の発表に世界中が衝撃を受けました。京都大学の山中教授が、マウスの繊維芽細胞のゲノムに4つの遺伝子を付け加えるという方法で、体細胞を、ES細胞と同様に多能性をもつ細胞に変えることに成功したのです。これが人工多能性細胞(induced pluripotent stem cell)iPS細胞です。

多能性細胞

多能性を持つということは、たとえば本人の腕から採取した皮膚の細胞に、4つの遺伝子を入れることで、血液、神経、臓器など、あらゆる種類の細胞に生まれ変わることができるということです。iPS細胞は本人の細胞から生み出すことができるという点、その細胞を初期化できるという点で、ES細胞の2つの大きな障壁を乗り越えることができます。

iPS細胞が乗り越える2つの壁

ES細胞とiPS細胞の違い

再生医療は、機能不全になった細胞、組織、臓器を、培養細胞などで置き換えようというものです。あらゆる細胞に分化させることができるヒトES細胞は1998年の発見以来、再生医療の担い手として期待されてきましたが、他人の細胞を移植するため、患者の免疫系による拒絶反応があるという課題と、受精卵からできるヒトの胚を破壊しなければつくれないという倫理面の課題がありました。拒絶反応を乗り越えるために、患者の細胞からクローン技術によってヒトクローン胚をつくり、そこからES細胞を得るという方法が考えられましたが、技術的に難しい上に、新たな倫理問題も生じてしまいます。それでもヒトクローン胚の研究に挑んだ中、論文のねつ造スキャンダルが起きたほど、「患者と同じ遺伝情報をもつES細胞」は熱望されていました。iPS細胞はヒトクローン胚という手法を経ずに、これにこたえる細胞なのです。

iPS細胞の発表

iPS細胞発表の論文

2006年に山中教授が論文を発表した当時、学会の反応は極めて厳しい反応でした。成長した細胞を初期化して元に戻す、というあまりにこれまでの常識外れの研究結果であったのと、2005年にヒトクローンES細胞の論文ねつ造事件があったため、疑惑の目が向けられたのです。しかし、ハーバード大学などが相次いで山中教授の研究結果を追試によって確認したと発表し、批判は驚きに変わりました。ヒトES細胞の使用に反対の立場をとっていたローマ・カトリック、アメリカブッシュ大統領からも、この成果を歓迎する声が届きました。iPS細胞の発表はマスコミで大々的に報じられ、世界中の人々から歓迎を受けました。

デッドヒート

デッドヒート

そしてマウスの細胞でiPS細胞の開発に成功した2006年の1年後、ヒトの細胞でiPS細胞をつくることに成功しました。2006年マウスで初めて山中教授が成功し、そのままヒトの細胞の開発についても最も有利であったはずが、アメリカのジェームズ・トムソン教授もヒトiPS細胞の開発に成功していたのです。2人の論文は同時に別々の科学誌で発表されました。iPS細胞の研究は世界中で進められ、一日一日驚くような速さで国際的なデッドヒートが繰り広げられています。日本は制度の問題から遅れをとることが多いですが、iPS細胞・再生医療に関しては、法整備をいち早く進め、研究開発をサポートしています。2010年には京都大学にiPS細胞研究所(CiRA)が設置され、日本全体としてもiPS細胞の研究を後押しする体制が整いつつあります。

日本の最先端iPS細胞研究所CiRA

京都大学iPS細胞研究所CiRA

CiRAでは京大の内外であちこちに分散していた18の研究グループ、約120人が1か所に集められ、どの部屋も廊下側の壁はガラス越しに見えます。隣が何をしているか見える構造で、グループ同士の交流をはかっています。日本の最先端を行く研究者たちが互いに切磋琢磨しあい、研究を共有しながら進めています。iPS細胞に関する特許を、京都大学が一括して管理し、研究成果を横取りされず、研究が自由に進められるように整えています。CiRAの最後のAは、Application(応用)のAを表し、研究だけにとどまるのではなく、「実際に患者の皆様の治療に役立つことが目標」という山中教授の強い思い入れを表しています。

続いては、山中伸弥教授 iPS細胞作製までの研究プロセスについてです。

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参考文献

  • 金子隆一、新海裕美子:「この一冊でiPS細胞が全部わかる」青春出版社(2012年)
  • Newton 別冊:「夢の再生医療を実現するiPS細胞」ニュートンプレス(2012年)
  • 中西貴之:「なにがスゴイか?万能細胞」技術評論社(2012年)
  • 日経サイエンス編集部:「iPS細胞とは何か、何ができるのか」日経サイエンス社(2012年)
  • 升井伸治:「iPS細胞が再生医療の扉を開く」C&R研究所(2009年)
  • 山中伸弥、畑中正一:「iPS細胞ができた!」集英社(2008年)