肝臓をつくる細胞は、いくら増殖しても肝細胞にしかならず、表皮を作る細胞はいくら増殖しても表皮細胞しかつくりません。細胞が役割を与えられてからは、自分の専門的な役割だけを果たすようにDNAにプログラミングされています。しかし役割を与えられる前であればなんにでもなれるのではないか―。このなんにでもなれる能力をもつ細胞を万能細胞(ES細胞)と言います。

あらゆるものに形を変えるES細胞

ES細胞

ES細胞の作り方(出典:独立行政法人医薬基盤研究所 JCRB細胞バンク)

受精卵が細胞分裂していく過程は、受精したときには1個、1~2日目で2個、4個、8個、その後2~3日で16~32個そして、4~6日で100個前後に分裂します。この時細胞の段階を「胚」と言いますが、細胞が100個前後の時に、細胞を取り出してシャーレで培養したものを「ES細胞」と言います。ES細胞はシャーレの中で無限に増殖することができ、この後神経や目、表皮、筋肉、骨、血液、皮下組織、心臓、腎臓、胃、小腸、肝臓、膵臓など、どんな細胞にでもなることができるのです。1981年にマウスで作り出すことに成功し、1998年にヒトのES細胞をつくりだすことに成功しました。ES細胞は糖尿病や、パーキンソン病、脊髄損傷、心臓疾患等の様々な病気に対する再生医療の材料として期待されています。

生命の設計図「ゲノム」

DNA 二重らせん構造

ES細胞がなぜなににでもなる能力があるのでしょうか。これには生命の設計図「ゲノム」がキーワードになってきます。

人間の体をつくる60兆個の細胞の中の核には、一つの生命体をつくりあげて生きるための設計図とプログラムが入っており、これを「ゲノム」と言います。一人の人間のすべての細胞に同じゲノムが入っているのです。ゲノムの本体はDNAと呼ばれる生体分子です。このDNAの並び方が人間一人一人みな異なります。同じ型の別人が現れる確率は4兆7000億人に1人とされています。今では犯罪現場で微量に残っていた犯人の汗をDNA鑑定し、だれが犯罪現場にいたのか特定できるほどになっています。

ES細胞がなぜ万能性か

DNAのメチル化

細胞が増殖していく中で、どのようにゲノムが作用するかというと、分裂してから100個前後の段階までは、ゲノムは単に自分自身をコピーしていくだけです。同じプログラムがコピーされていきます。その後、分裂が進むとゲノムの二重らせん構造が少しずつほどけて、特定の遺伝子が活性化し、新しいタンパク質が次々につくられるようになります。これらのタンパク質は新たに分裂する細胞の形と機能を、特定の方向に向けていきます。もともとすべての状態になれるDNAが、自分の役割以外の部分はロックされていきます。心臓の細胞は心臓の細胞に、神経の細胞は神経の細胞に、専門的な役割を果たしていくようになります。このロックされた状態は基本的には元に戻らないため、心臓の細胞は心臓の細胞に、神経の細胞は神経の細胞にしかなれないということになります。ES細胞は、DNAが特定の役割にロックされる前に取り出して増殖させるので、どんな細胞にもなれる可能性を秘めているのです。

続いて、ES細胞に立ちはだかる「免疫」と「倫理」の壁です。

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参考文献

  • 金子隆一、新海裕美子:「この一冊でiPS細胞が全部わかる」青春出版社(2012年)
  • Newton 別冊:「夢の再生医療を実現するiPS細胞」ニュートンプレス(2012年)
  • 中西貴之:「なにがスゴイか?万能細胞」技術評論社(2012年)
  • 日経サイエンス編集部:「iPS細胞とは何か、何ができるのか」日経サイエンス社(2012年)